な〜んて、タイトルにすると、「樟葉さんっ、ブログ閉鎖するのぉっ!?」と驚かれた方もいらっしゃったかもしれません。
がっ!
もちろん、違います。
こういう冗談をかますくらいの心の余裕はあると思ってお読みください。
昨日、一昨日とブログを更新しなかったのは、一昨日はPCを持って出かけなかったから。
昨日は、写真の加工に手間取っていたからです。
こんくらいの作業をする余裕はあると思ってお読み下さい。
突然ですが、我が家のわんこが、11月18日に虹の橋を渡りました。
お星様になりました。
享年 17歳(数えではなく満年齢です)。
多臓器不全……まぁ、老衰と言ってもいいかもしれません。
元々肝臓に問題があるらしい……と言われていたのですが、一気に悪化し、一昨日の16時30分ころ、虹の橋を渡って、動物の天国に向かいました。
一昨日、家族で最後のお別れをし、昨日の朝、霊園でお骨にしてもらいました。
臨終を迎えた病院でも獣医さんや看護師さん(とはいわないのかな?)たちにも大変親切にしていただき、霊園の方も、人間の焼き場の方よりもとってもとっても親切で、犬徳だな〜と思いました。
お天気も良かったですしねd(⌒ー⌒) グッ!
このブログでも、度々顔を出していたので、楽しみにしていただいていた方、またいじられてるよ……と苦笑されていた方、ありがとうございました。

わんこ、最期のご挨拶です。
まだまだ泣いてしまいますが、とはいえ、今月は土日も全て帰ってましたし、まだ意識のある内にいっぱいありがとうと、大好きだよ! と言っているので、「哀しい」はあっても、後悔するなどのことは少ないかな〜と思っています。
わんこ、本当にありがとうっ!!
詳しい経過等については知りたくない方もいらっしゃると思いますので、追記で。
がっ!
もちろん、違います。
こういう冗談をかますくらいの心の余裕はあると思ってお読みください。
昨日、一昨日とブログを更新しなかったのは、一昨日はPCを持って出かけなかったから。
昨日は、写真の加工に手間取っていたからです。
こんくらいの作業をする余裕はあると思ってお読み下さい。
突然ですが、我が家のわんこが、11月18日に虹の橋を渡りました。
お星様になりました。
享年 17歳(数えではなく満年齢です)。
多臓器不全……まぁ、老衰と言ってもいいかもしれません。
元々肝臓に問題があるらしい……と言われていたのですが、一気に悪化し、一昨日の16時30分ころ、虹の橋を渡って、動物の天国に向かいました。
一昨日、家族で最後のお別れをし、昨日の朝、霊園でお骨にしてもらいました。
臨終を迎えた病院でも獣医さんや看護師さん(とはいわないのかな?)たちにも大変親切にしていただき、霊園の方も、人間の焼き場の方よりもとってもとっても親切で、犬徳だな〜と思いました。
お天気も良かったですしねd(⌒ー⌒) グッ!
このブログでも、度々顔を出していたので、楽しみにしていただいていた方、またいじられてるよ……と苦笑されていた方、ありがとうございました。

わんこ、最期のご挨拶です。
まだまだ泣いてしまいますが、とはいえ、今月は土日も全て帰ってましたし、まだ意識のある内にいっぱいありがとうと、大好きだよ! と言っているので、「哀しい」はあっても、後悔するなどのことは少ないかな〜と思っています。
わんこ、本当にありがとうっ!!
詳しい経過等については知りたくない方もいらっしゃると思いますので、追記で。
わんこの年齢が17歳ということは、私にとって人生の半分以上を彼と過ごしたことになります。
人間が、おぎゃっ! と生まれて、高校卒業かっ!? という年齢まで生きていたのですから、そう考えると長生きだったな〜と思います。
動物病院でも、MIXとは言え(最近は雑種と言わず、MIXと言うようですね。私としては、世界でたった一匹のわんこ。様々な犬種を兼ね備えたコスモポリタン(世界市民)って感じですが)、よく長生きした方ですよ、と言われております。
しかも、うちのわんこ、見た目が若いそうですっ♪
いえ、若いわんこと暮らしてらっしゃる方から見たら充分ジジですが、獣医さんの目から見ても、年齢を言わなければ10歳前後と言われても納得っ! の若さだそうで。
思い出はたくさんあります。
うちの父なぞは、「自分の親のときはそれほど泣かなかったけれど、わんわん泣いてしまった」と言っておりました。
しばらくは、何かにつけてわんこのことを思い出しては、しんみりしてしまうことが多いことでしょう。
わんこの具合が悪くなったのは、今月の頭くらいから。
固形物を口が受け付けなくなり、ほとんどご飯が食べられない状態になりました。
脾臓が腫れ、他の臓器を圧迫していたようです。
この時点で抗生物質を与えられましたが、年齢からいって開腹手術は出来ませんから(麻酔がね)、獣医さんも完全回復はあり得ないと思われていたようです。
正直、この時点で、私の誕生日17日辺りが危ないな……という危惧がありました。
お互い口にしませんでしたが、母も同じように思っていたそうです。
それは辛いな〜とも思いましたが、「忘れないでね♪」というメッセージかな? とかも思ったり。
そんな風に思っていましたが、さすがはわんこ、18日という心配りっぷりです。
8,9日に私も実家に戻り、早めの誕生日パーティーを行いました。
本来の誕生日前の休みは、休日出勤が入っていたので、戻らない予定でもありましたので。
そのときは、ほんのちょっぴりですが、お刺身を食べ、ちょろちょろと動き回り、顔もめんこい顔で、どこが痛いとか、そういう様子は全く見られませんでした。
どうやら肝臓に何かがあるらしいというのは、以前に言われていたのですが、それが一気に悪化したようです。
15、16日も、実家に戻り、わんこと過ごすことが出来ました。
16日の仕事が、急遽他の方が変わって欲しいという話が出たのも、わんこの犬徳の成せるものだったのでしょう。
時間のゆるす限りわんこと一緒に過ごし、「大好きだよ〜。ありがとう〜♪」と伝えました。
三連休も戻ってくるからねっ! 待っててね! と挨拶とちゅーをして。
ポカリスエットをスポイトで飲ませるといいよ、との話を聞き、飲ませていたのですが、やはり脱水症状となり、点滴を受けたりもしていましたが、自力で動けず、排尿も出来ず……。
18日に、虹の橋を渡りました。
両親に看取られて。
全く苦しみのない、穏やかな死だったそうです。
珍しくこのときは病院に他の患畜さんもおらず、また15年近く通った動物病院さんでしたから、獣医さん、看護師さん、みなさんに丁寧に見送られたそうです。
また、このときは言葉の足りない院長ではなく、女医さんでしたので、本当に丁寧に説明をしてくださり、わんこだけではなく、我が家の家族にとっても安らかな死という形で受け容れることができました。
18日の夜は、私も仕事を終え、急遽実家に戻って、家族5人(父・母・私・わんこ・にゃんこ)で、リビングで寝ました。
わんこの思い出を語りながら。
父は、割とすぐにいびきをかいていたのですが、寝言で「わんこ〜」と名前を呼んでおりました。
夢の中で迎えに来ていたそうです。
「わんこが死んでも、すぐに行ってやるからねっ!」とか「喪主はわんこにやってもらう」と言っている父でしたので、「早く逝かないとね」などということを言われていたり(びっくりされる方もおられるかと思いますが、我が家はこの際どさもジョークで通っておりますのでご寛恕ください)。
実の妹に喪主の件を話したときに「兄ちゃん、随分早く死ぬんだね」と言われていた父ですから、絆は深いのかもしれませんね(そこか?)。
ここ数ヶ月は、かなり歩みが遅くなっていましたが、父は根気よく、嫌がらずに毎日散歩に行っていたので、わんこも「散歩に行こうよ〜」と迎えに来たのかもしれません。
老いて思い通りにならない身体から解放されて、足取りもしゃんしゃんと行けるわけですから。
19日は、朝から霊園に予約を入れ(動物病院で説明を受け、スムーズに手続きが進みました)、みんなでわんこと最後のお別れ。
わんこはみんなに見送られて、遊んでいたおもちゃやおやつ、おにぎり(すみません、我が家のわんこはご飯で育ったもんですから^^;)、写真のお洋服を持って、お空に向かいました。
霊園の職員さんは、本当に親切でした。
人間だと機械的ですけどね。
骨も全て拾わせてくれました。
わんこは、春になったら、大好きだった庭の木の下に埋める予定ですので、骨壺ではなく、木の箱に。
この箱に入れると、骨を崩さなくてもよいので、気持ちが穏やかです。
骨も、歯も、爪も全部しっかり残ってました。
霊園の職員さんが、きちんと教えてくれました。
頭蓋骨を見て、頭突きされて痛かった骨は、これだね〜^^; と話したり。
全部を家族で拾えるので、哀しくもありますが、心穏やかでもありました。
正直、焼き場の中に入るわんこや、骨になったわんこを見るのは切ないですが、自分の中の区切りとして、やっぱり立ち会うべきであると感じました。
動物と暮らす理由として、「命の大切さ」などを上げる方が多いですが、初めての動物で、まだまだ健康で若い内というのは、失礼ですがなかなか実感の湧かない方も多いのではないでしょうか。
私も、ここ1,2年で、もうすぐわんことのお別れも近いのかもしれない……と不安に思うようになりました。
といいながら、ちゃんちゃんこ着せたり、なんだりしてるじゃんっ! と言われそうですが^^;
きちんとわんこを躾けて、ドッグフードだけを上げるのが一番よっ! と仰る方がには怒られそうですが。
うちのわんこは、幸せだったかな……と思います。
ポッキー食べて、Meijiのチョコレートが大好きで。
あんぱん、羊羹、おまんじゅう、クッキー、ケーキに、パンにチーズに、とりささみに生ラム、天然ぶりに。
お刺身も大好きで、にゃんこと火花を散らしてみたり(と言っても邪魔よっ! と猫パンチくらってる方でしたが)。
本当にたくさんのものを食べてました。
ダイエットさせてばっかりで、こんなに早く逝ってしまうなら、もっと美味しいものを食べさせてあげれば良かったと泣かれている飼い主さんもいらっしゃいましたし。
美味しいもの、好きなものをちょっとずつ食べて、17歳まで健康で。
筋肉の衰えもなく、歯が抜けることもなく、ドッグフードもぽりぽり食べて。
さすがに最近はお餅や大福は上あごにひっつくので食べさせてませんでしたが。
家族に愛されて、私たちを愛してくれて。
たまに意地悪もしちゃったけれど(ごめんね!)、家族の一員として楽しく、色々な思い出を残していってくれました。
私が雪に埋まっているときは、これ幸いと飛びかかってくるくせに、他のわんこが飛びかかってきたときには、いつもは臆病で「目合わせないでおこう」主義のわんこが、必死に戦ってくれたり(ご近所でも評判の、飼い主の手を5針縫うほど咬む柴犬♂でした)。
今後、私が独り暮らしのときは生き物と暮らすつもりはありません。
きちんとした世話をしきれないからです(特ににゃんこのように毎日の様子の観察や薬が必要な病気になったりしたら、独り暮らしで仕事にかまけていたら、徴候を見逃しそうで怖いです)。
また、今後両親も新しい犬と暮らすことはないでしょう。
20年生きたとしたら、自分たちだって生きているのかわからないし、今のわんこと同じような介護やケアをすることは無理だからです。
最後の最後には、「昨日まで元気だったのにっ!」とか「寝ている間に……」のように……がいいね、とのようにはいきませんでしたが、獣医さんがおっしゃるように、「どんな風に、何をしても、絶対後悔はする」のです。
様々な後悔はありますが、けれど、わんこを愛してたよっ! というのだけは自信があります。
私たちに愛をありがとう。
そして、うちのわんこでいてくれてありがとう。
の気持ちです。
と、長々書いてしまいましたが、わんこのご挨拶と、私の気持ちについて、でした。
わんこ「樟葉に関しては、お世話になりましたっ! じゃなくて、お世話しました!の間違いだわんっ! みなしゃん、今までぼくの記事にコメントくれて、ありがとしゃんでした♪」
ということで。
ちなみに、写真は先月半ばのものです。
死の直前まで、あんな表情をしていましたし、固形物を口にしていなかった割にはげっそりもしてませんでしたので、皆さんもあんまり悲しまないでくださいね。
人間が、おぎゃっ! と生まれて、高校卒業かっ!? という年齢まで生きていたのですから、そう考えると長生きだったな〜と思います。
動物病院でも、MIXとは言え(最近は雑種と言わず、MIXと言うようですね。私としては、世界でたった一匹のわんこ。様々な犬種を兼ね備えたコスモポリタン(世界市民)って感じですが)、よく長生きした方ですよ、と言われております。
しかも、うちのわんこ、見た目が若いそうですっ♪
いえ、若いわんこと暮らしてらっしゃる方から見たら充分ジジですが、獣医さんの目から見ても、年齢を言わなければ10歳前後と言われても納得っ! の若さだそうで。
思い出はたくさんあります。
うちの父なぞは、「自分の親のときはそれほど泣かなかったけれど、わんわん泣いてしまった」と言っておりました。
しばらくは、何かにつけてわんこのことを思い出しては、しんみりしてしまうことが多いことでしょう。
わんこの具合が悪くなったのは、今月の頭くらいから。
固形物を口が受け付けなくなり、ほとんどご飯が食べられない状態になりました。
脾臓が腫れ、他の臓器を圧迫していたようです。
この時点で抗生物質を与えられましたが、年齢からいって開腹手術は出来ませんから(麻酔がね)、獣医さんも完全回復はあり得ないと思われていたようです。
正直、この時点で、私の誕生日17日辺りが危ないな……という危惧がありました。
お互い口にしませんでしたが、母も同じように思っていたそうです。
それは辛いな〜とも思いましたが、「忘れないでね♪」というメッセージかな? とかも思ったり。
そんな風に思っていましたが、さすがはわんこ、18日という心配りっぷりです。
8,9日に私も実家に戻り、早めの誕生日パーティーを行いました。
本来の誕生日前の休みは、休日出勤が入っていたので、戻らない予定でもありましたので。
そのときは、ほんのちょっぴりですが、お刺身を食べ、ちょろちょろと動き回り、顔もめんこい顔で、どこが痛いとか、そういう様子は全く見られませんでした。
どうやら肝臓に何かがあるらしいというのは、以前に言われていたのですが、それが一気に悪化したようです。
15、16日も、実家に戻り、わんこと過ごすことが出来ました。
16日の仕事が、急遽他の方が変わって欲しいという話が出たのも、わんこの犬徳の成せるものだったのでしょう。
時間のゆるす限りわんこと一緒に過ごし、「大好きだよ〜。ありがとう〜♪」と伝えました。
三連休も戻ってくるからねっ! 待っててね! と挨拶とちゅーをして。
ポカリスエットをスポイトで飲ませるといいよ、との話を聞き、飲ませていたのですが、やはり脱水症状となり、点滴を受けたりもしていましたが、自力で動けず、排尿も出来ず……。
18日に、虹の橋を渡りました。
両親に看取られて。
全く苦しみのない、穏やかな死だったそうです。
珍しくこのときは病院に他の患畜さんもおらず、また15年近く通った動物病院さんでしたから、獣医さん、看護師さん、みなさんに丁寧に見送られたそうです。
また、このときは言葉の足りない院長ではなく、女医さんでしたので、本当に丁寧に説明をしてくださり、わんこだけではなく、我が家の家族にとっても安らかな死という形で受け容れることができました。
18日の夜は、私も仕事を終え、急遽実家に戻って、家族5人(父・母・私・わんこ・にゃんこ)で、リビングで寝ました。
わんこの思い出を語りながら。
父は、割とすぐにいびきをかいていたのですが、寝言で「わんこ〜」と名前を呼んでおりました。
夢の中で迎えに来ていたそうです。
「わんこが死んでも、すぐに行ってやるからねっ!」とか「喪主はわんこにやってもらう」と言っている父でしたので、「早く逝かないとね」などということを言われていたり(びっくりされる方もおられるかと思いますが、我が家はこの際どさもジョークで通っておりますのでご寛恕ください)。
実の妹に喪主の件を話したときに「兄ちゃん、随分早く死ぬんだね」と言われていた父ですから、絆は深いのかもしれませんね(そこか?)。
ここ数ヶ月は、かなり歩みが遅くなっていましたが、父は根気よく、嫌がらずに毎日散歩に行っていたので、わんこも「散歩に行こうよ〜」と迎えに来たのかもしれません。
老いて思い通りにならない身体から解放されて、足取りもしゃんしゃんと行けるわけですから。
19日は、朝から霊園に予約を入れ(動物病院で説明を受け、スムーズに手続きが進みました)、みんなでわんこと最後のお別れ。
わんこはみんなに見送られて、遊んでいたおもちゃやおやつ、おにぎり(すみません、我が家のわんこはご飯で育ったもんですから^^;)、写真のお洋服を持って、お空に向かいました。
霊園の職員さんは、本当に親切でした。
人間だと機械的ですけどね。
骨も全て拾わせてくれました。
わんこは、春になったら、大好きだった庭の木の下に埋める予定ですので、骨壺ではなく、木の箱に。
この箱に入れると、骨を崩さなくてもよいので、気持ちが穏やかです。
骨も、歯も、爪も全部しっかり残ってました。
霊園の職員さんが、きちんと教えてくれました。
頭蓋骨を見て、頭突きされて痛かった骨は、これだね〜^^; と話したり。
全部を家族で拾えるので、哀しくもありますが、心穏やかでもありました。
正直、焼き場の中に入るわんこや、骨になったわんこを見るのは切ないですが、自分の中の区切りとして、やっぱり立ち会うべきであると感じました。
動物と暮らす理由として、「命の大切さ」などを上げる方が多いですが、初めての動物で、まだまだ健康で若い内というのは、失礼ですがなかなか実感の湧かない方も多いのではないでしょうか。
私も、ここ1,2年で、もうすぐわんことのお別れも近いのかもしれない……と不安に思うようになりました。
といいながら、ちゃんちゃんこ着せたり、なんだりしてるじゃんっ! と言われそうですが^^;
きちんとわんこを躾けて、ドッグフードだけを上げるのが一番よっ! と仰る方がには怒られそうですが。
うちのわんこは、幸せだったかな……と思います。
ポッキー食べて、Meijiのチョコレートが大好きで。
あんぱん、羊羹、おまんじゅう、クッキー、ケーキに、パンにチーズに、とりささみに生ラム、天然ぶりに。
お刺身も大好きで、にゃんこと火花を散らしてみたり(と言っても邪魔よっ! と猫パンチくらってる方でしたが)。
本当にたくさんのものを食べてました。
ダイエットさせてばっかりで、こんなに早く逝ってしまうなら、もっと美味しいものを食べさせてあげれば良かったと泣かれている飼い主さんもいらっしゃいましたし。
美味しいもの、好きなものをちょっとずつ食べて、17歳まで健康で。
筋肉の衰えもなく、歯が抜けることもなく、ドッグフードもぽりぽり食べて。
さすがに最近はお餅や大福は上あごにひっつくので食べさせてませんでしたが。
家族に愛されて、私たちを愛してくれて。
たまに意地悪もしちゃったけれど(ごめんね!)、家族の一員として楽しく、色々な思い出を残していってくれました。
私が雪に埋まっているときは、これ幸いと飛びかかってくるくせに、他のわんこが飛びかかってきたときには、いつもは臆病で「目合わせないでおこう」主義のわんこが、必死に戦ってくれたり(ご近所でも評判の、飼い主の手を5針縫うほど咬む柴犬♂でした)。
今後、私が独り暮らしのときは生き物と暮らすつもりはありません。
きちんとした世話をしきれないからです(特ににゃんこのように毎日の様子の観察や薬が必要な病気になったりしたら、独り暮らしで仕事にかまけていたら、徴候を見逃しそうで怖いです)。
また、今後両親も新しい犬と暮らすことはないでしょう。
20年生きたとしたら、自分たちだって生きているのかわからないし、今のわんこと同じような介護やケアをすることは無理だからです。
最後の最後には、「昨日まで元気だったのにっ!」とか「寝ている間に……」のように……がいいね、とのようにはいきませんでしたが、獣医さんがおっしゃるように、「どんな風に、何をしても、絶対後悔はする」のです。
様々な後悔はありますが、けれど、わんこを愛してたよっ! というのだけは自信があります。
私たちに愛をありがとう。
そして、うちのわんこでいてくれてありがとう。
の気持ちです。
と、長々書いてしまいましたが、わんこのご挨拶と、私の気持ちについて、でした。
わんこ「樟葉に関しては、お世話になりましたっ! じゃなくて、お世話しました!の間違いだわんっ! みなしゃん、今までぼくの記事にコメントくれて、ありがとしゃんでした♪」
ということで。
ちなみに、写真は先月半ばのものです。
死の直前まで、あんな表情をしていましたし、固形物を口にしていなかった割にはげっそりもしてませんでしたので、皆さんもあんまり悲しまないでくださいね。

